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電力線搬送通信が低周波電波天文観測にもたらす有害干渉への懸念

2002年07月08日要望・声明

総務大臣 片山虎之助殿


社団法人 日本天文学会
理事長 田原博人


日本天文学会理事会は,2002年6月29日の会合において,電力線搬送通信(PLC)からの有害干渉について検討を行った。

日本では,大学等において13−30MHz帯(HF帯)を用いて,微弱な銀河電波,太陽電波や木星電波の観測が盛んに行われ,多くの天文学成果を生み出している。例えば,木星電波の観測から,木星磁気圏で発生する擾乱現象(オーロラ活動)を探る手掛かりが得られる。惑星のオーロラ活動に伴って強力な非熱的電波が放射される例は,唯一木星電波のみが電波の窓を通して地上から観測可能である。また,太陽で発生する爆発現象に伴って広い周波数にわたり電波が放射されるが,その中でもHF帯の成分(低周波成分)はコロナ外縁部から惑星間空間につながる領域のプラズマ擾乱を反映している。また,ここ数年太陽系外惑星の発見が相次いでいるが,HF帯の電波天文観測は,太陽系外の惑星(木星型)の探査に使用できる可能性をもつ周波数帯として,天文学的に極めて重要である。さらに,太陽活動による惑星間空間の磁場の乱れを観測して,飛行物体の安全性を確保するというような応用の観点からも,低周波成分を含めた太陽電波の定常観測が実施されており,そのデータは太陽擾乱が宇宙環境へ及ぼす影響を監視・判定する一助になっている。

これら天体からの信号は極めて微弱であるため,国際電気通信連合(ITU)では電波天文を有害干渉から保護するための基準値を定めており,その値は(1.3〜6.3) x 10-23 W/Hzとされている。

 PLCは,低圧の電力線にインターネットの信号を重畳させて最大数10Mbps程度の高速データ通信をしようとするものであるが,この電力線およびインターネットとの接点であるPLCモデムからは,およそ4から22MHzという広い周波数帯域に渡って漏洩による不要放射を生じ,その放射強度は約-100dBW/Hz = 10-10 W/Hz(電力線のアンテナゲインを-20dBiとした場合)と予想される。この値は電波天文への有害干渉閾値の1013倍以上である。日本では電力線のほとんどが空中に敷設されていることを考慮すると,もし電波観測所近傍でPLCが用いられれば,低圧電力線を通して観測装置の電力を得ている電波観測所では観測はほぼ不可能となることが極めて高い確率で予想される。

 またPLCからの放射は,HF帯であるため空気中の水蒸気などによる減衰がほとんど効かず,非常に遠くまで電波が伝搬することが大きな問題となる。たとえ観測所近傍でPLCが使用されなくても,観測所から約400km以内で1台でもPLCが用いられれば電波天文観測は甚大な干渉を受け,宇宙からの微弱な電波が検出できなくなるためである。従って,いったんPLCが導入されると多くの家庭に普及することになり,それらの放射する不要電波が重ね合わせられて強度が上がり,国内はもとより隣国(韓国や中国)でも電波天文観測が不可能になる事態が懸念される。

ここに,日本天文学会として,天文学的に重要な位置付けをもつ低周波電波天文観測を不可能にする可能性が極めて高いPLCからの有害干渉を防ぐ方策が確立する前に総務省が拙速にPLCの導入を進めることに強い懸念を表明する。